永遠の原

prologue─ 最後の願い

 夜の暗さの中で、ベッドを取り囲む医療機器の表示ランプと液晶がイルミネーションのように鮮やかだった。それらにつながれて何とか命を長らえている患者の頭部に巻かれた包帯は痛々しいほど白い。その血の気の失せた面に降り注ぐ淡い月明かりの中に、ぼんやりとした薄蒼い光が現れ、それはやがて人の、少年の形をとなり、枕元にふわりと降り立った。
 昼間の街中に幾らでも見かける事の出来る、タートルネックのシャツに細身の黒いパンツというごくありふれた格好の、その背中にせめて翼でもあったなら、その中性的な面立ちといい水面に張った薄氷のような表情といい、天使に見えなくもなかった。
「あなたの、最後の願いを聞きに来たよ」
 少年は言った。
 長い沈黙。少年は応えを待っていた。
深い深い眠りの淵から、ようやくその意識が目覚めの間際にまで浮かび上がったのは、薄明を迎えた空が薄明るくなりはじめた頃だった。
 僅かに、指先が動いた。
「……本当にそれが願いなの……?」
 藍色の、朝未き空の色をしたその瞳に困惑の表情が浮かんだ。
 微かに唇が動く。それは満たされた微笑にも見えた。
 ゆるゆると、再び眠りの淵に墜ちゆきながら、瞼を開くことさえ侭ならぬ身で、呼吸を乱して僅かに空気を震わせ紡ぎ出した言葉を少年は確かに聞き取った。
 了解したと言う代わりに少年は、擦り傷で赤くなっている患者の頬に軽く触れると、その指先から砂が崩れてゆくように光の粒子をこぼしながらその姿を消した。



inserted by FC2 system