星月夜の森へ
─ 13 ─
人の子は、人の元で暮らすのが良いと思って、手放したというのに。
彼が故郷から戻ると、その姿はどこにも無かった。
彼が人の子を拾ったのは、ただの気紛れで。
人は捕食の対象ではなかったが、自らその喉頸を晒し、その身を捧げるのなら、貰ってやっても良い。それくらいの気持ちでしかなかった。
その森に人が入ってくることは滅多になかったが、稀に狩りをする男を見かけると、人の子は竦み上がっていた。いったい何があったのか、人のくせに人に怯えるから、人里へは連れて行かずに手許においていた。その生活が長続きするはずもないことは分かっていたけれども、体温を分け合って眠る日々は、思いの外心地の良いもので、失い難くなったのも本心だ。
勝手に付けられたフェンという名を受容したのは、丸ごと受け入れる気持ちになっていたからだろう。一族から与えられた名もあるけれども、今はこの子のフェンであるのも悪くないと。
けれど、偶々泉で出会った女の手を、あの子が取った。
ならば、ここが潮時なのだろうと、その手を放した。
そろそろ、一族の長の元に顔を出さねばならない時期が近付いてもいて、ひと月近くもひとりで放っておくことも、ましてや一緒に連れて行ける訳もなく、それは必然なのだと思ったのだった。
成人すれば、それぞれに縄張りを持ち、そこで暮らす自由が与えられるが、夏の間に、一族の故郷ともいえる地に生涯を縛られた長たちの許を訪れること、子を孕んだ女は故郷に戻り、そこで生み育てることは、破られてはならない掟だ。
カーラスティンとサルーファの国境にある山岳地帯に広がる森林が、本来の彼らのテリトリーだ。一年の大半を雪と氷で閉ざされた地は、密やかに生きるのに苦労はなかったが、より文化的な生活をするには、大変に不向きだった。一部の若者が群れから離れて新たな地を求めたのは数百年前のこと。以来、彼らは徐々に住む地域を広げ、掟を遵守することで、破綻なくその血を繋いでいる。
夏の終わりに、ようやく姿を見せた彼を、一族の長は歓待した。
それはそうだろう、長は、自分の娘を彼に娶らせ、この地に縛り付けようとしていたのだから。
娘は美しかった。子を生すのもやぶさかではないと思える程度には。しなやかな肢体を覆う薄茶色の体毛は、光の加減では金色にも見える艶を持ち、水色の瞳は生気にあふれている。さぞかし次の長に相応しい子を生み育てることだろう。既に、幾人もの求婚者を袖にしているとなれば、プライドをも満たされることは間違いなかった。
が、自由と引き換えにしてまで手に入れたいものではなかった。
一族を頂点に立ち、束ねることにも興味は無い。
それを正直に述べた。
「うちの娘の、どこが不満なんだ!」
古今東西、自慢の娘が拒否された親が口にする言葉は、世界も時代も種族をも越えて共通するものだ。
危うく、故郷喪失の事態になるところを、幼馴染みの取りなしで、どうにか避けられた。
いくら自由に生きたいといっても、孤独を望むわけではない。帰る場所が無いのは耐え難いことに違いない。
この幼馴染みを選べば良いものを。
数年前から、彼はそう思っている。
「お前なあ、もう少し、言いようとか考えた方がいいぞ?」
「他にどんな言いようがあるんだよ?」
「もったいないお話ですが、とかさー。おもねる、ってのも時には必要なもんだ」
人の中で、上手く暮らしている幼馴染みらしい言葉だった。
彼らにとって、各地から若者が集結するこの時期は、恋の季節でもある。
逞しい身体に、銅色(あかがねいろ)の毛皮を纏う彼のつがいにと望む娘たちは多く、その誘いは引きも切らない。穏やかな気性と剛胆さを併せ持ち、適齢期を迎えた者の中では、彼に敵う者もいるまいに、娘の我が儘に振り回されて、目に入れようともしないなんて、長も耄碌したものだと彼は思う。
どうやら彼は、長の娘に浅からぬ思いを抱いているらしいというのに。
うまくいかないものだと、彼は、彼らは溜め息を吐かずにいられない。
久しぶりに、幼い日のように気のおけない仲間と過ごした後、生きるべき場所に戻り、あの子はどうしただろうかと様子を見に行けば、保護されていたはずの農家には空き家になっていて、匂いはとうに薄くなっていた。
村に異国人が保護されていたという噂こそあっても、実際にその異国人の姿を見たという村人すらいない。
「なんでもね、随分と酷い目にあったらしくって、怖がって人前にでないんだって」
でっぷりと肥えた、人の良さそうな女は言う。
「でも、迎えが来たんだそうよ。それで、謝礼をもらったんですって」
「人助けはしとくものよねえ」
からからと笑う彼女らに邪気はない。
「それを元手に、店を開くんだって、村を出て行ったのよ」
「小作やってたって、知れてるしねえ」
羨ましそうに言う割には、彼女たちは幸せそうに見えた。
「そのうち来てくれなんていわれてもさあ、ムレットなんて、ここから丸一日掛かるしねえ」
「まあ、祭りの時に、村の誰かが行くかもしれないけど」
「ほらほら、ドーミクさんとこの上の娘が嫁に行ったのが、ムレットじゃなかったかい?」
「じゃあ、ドーミクさんならあの人たちのこと、知ってるかも」
「聞いてきてあげようか?」
一斉に、にこやかな笑顔を向けられて、さしものフェンも、内心ひるむ。どうして中年女性の集団は、種族に関わらず、かくも迫力に満ちているのだろう。
「あ、噂をすれば、ほら」
わらわらと、自分の周りに集まって来た顔なじみと、見慣れない青年を交互に見比べて、ドーミク夫人はいったい何事かと目を白黒させた。
「あんたんとこの、嫁に行った娘さんから聞いてないかい?」
「ほら、あの店をやるって言って村を出て行った人たちのことだよ」
「ああ、そういや同じ村の人が来たってこの間言ってたけどねえ、それくらいだよ」
「どんな店を始めたとか、繁盛してるかとかは?」
「全然言ってなかったよ。だいたい、そんなに簡単に商売なんかうまくいくもんかね」
「まったくだよねえ。どうせ、あの親父が飲んだくれて使っちまうに違いないのに」
「昔はあれでも、良い男だったんだけどねえ」
「そうそう、この兄さんには負けるけど」
何がおかしいのか、どっと笑い声が上がる。
──俺たちが変容した時の容姿は、特に人の女相手だと使えるよ。
そう幼馴染みが人の悪い笑みを浮かべて言っていたのはこういうことかと、しみじみ思いながら、フェンは丁重に礼を述べて井戸端を後にした。
◇ ◆ ◇
彼女らの推測は、必ずしも当てずっぽうでいい加減なものではなかったのだと知るのは、それからすぐのことだった。
人の足ならば、日の出とともに村を出ても、その町につくのはいかな健脚の持ち主でも日が落ちる前には着けまい。が、フェンの足ならば、その背に多少みっともなく衣服の入った袋を背負っていたとて、半日ほどでしか掛からない。
まだ日も落ちたばかりで、さほど暗くもない町を歩きながら、あの子に迎えが来たという話がほんとうなら良いと思う。が、それがおそらく作り話だということは、頭の何処かで分かっていた。
なぜなら、あの子の持つ匂いは、とうていこの世のものではなかったのだから。
記憶にある匂いを辿り、その家の扉を叩いた。
造りはあの村のものよりは立派であるにも関わらず、荒んだ雰囲気に満ちていた。
「誰? あの人なら狐と葡萄亭あたりで飲んだくれてるわ。それとも息子たちがまた何かやらかしたの?」
挨拶もなく、まくしたてるように言った女は、確かに、あの泉であの子の手を取り、連れて行った女に違いなかったが、まるで面変わりしていた。ふっくらとしていた頬は削げ、目の下には黒々とした隈が染み付いている。やわらかで優しげだった雰囲気は、ぎすぎすと険のあるものに成り変わってしまっていて、最初からこんな女だったら、フェンとて連れて行かせはしなかった。
「あの子は?」
端的な問いに、女の顔が見る間に青ざめる。
「何のことだい?」
「お前が、あの泉から連れて行った子のことだ」
「……迎えが来て連れて行ったよ」
敏い者でなくとも、嘘だと分かるほどに、声が震えていた。
「あれは?」
女の肩越しに見えるのは、テーブルの上に無造作におかれた革袋と、その口から零れる銀貨だ。
「謝礼だよっ」
「誰が連れて行った?」
女はついっと顔を逸らした。
「誰が、どこへ連れて行ったか聞いているんだが」
首を締め上げたわけでもなければ、脅しつけたつもりもない。けれども、フェンの声と視線はそれ以上の効果を持っていた。ひっ、と息を飲むと、決死の形相でフェンを睨み返した。
受け取った金に対して誠実であることは、もはや彼女に残された最後の自尊心だった。
「もう帰っとくれ!」
ばたん、と無造作にドアは閉められた。
彼女とて、いくら田舎育ちでも、アトールの名は知っていたが、まさかそこへ売られるほどの上玉であったなどと思ってもいない。珍しい黒髪だから良い値がついたとしか思っていないのだ。噂で語られるアトールは、それこそ夢物語の存在であり、現実のものという感覚で語られることもない。だいたいトラトスが幾ら有名とは言っても、その名を知っているのはその道の者に限られている。
そんなことは、彼女にとってはどうでもいいことだったし、この先も知ることはないだろう。
厄介者が大金に化けてくれたところで、幸運が終わってしまったことを嘆いていた。
人を人に売るような者に堕ちたことを悔いていた。
こんなことなら、最初から助けようなんて思わなければ良かったと、かつては慈悲深かったはずの女は、涙を流した。
彼が故郷から戻ると、その姿はどこにも無かった。
彼が人の子を拾ったのは、ただの気紛れで。
人は捕食の対象ではなかったが、自らその喉頸を晒し、その身を捧げるのなら、貰ってやっても良い。それくらいの気持ちでしかなかった。
その森に人が入ってくることは滅多になかったが、稀に狩りをする男を見かけると、人の子は竦み上がっていた。いったい何があったのか、人のくせに人に怯えるから、人里へは連れて行かずに手許においていた。その生活が長続きするはずもないことは分かっていたけれども、体温を分け合って眠る日々は、思いの外心地の良いもので、失い難くなったのも本心だ。
勝手に付けられたフェンという名を受容したのは、丸ごと受け入れる気持ちになっていたからだろう。一族から与えられた名もあるけれども、今はこの子のフェンであるのも悪くないと。
けれど、偶々泉で出会った女の手を、あの子が取った。
ならば、ここが潮時なのだろうと、その手を放した。
そろそろ、一族の長の元に顔を出さねばならない時期が近付いてもいて、ひと月近くもひとりで放っておくことも、ましてや一緒に連れて行ける訳もなく、それは必然なのだと思ったのだった。
成人すれば、それぞれに縄張りを持ち、そこで暮らす自由が与えられるが、夏の間に、一族の故郷ともいえる地に生涯を縛られた長たちの許を訪れること、子を孕んだ女は故郷に戻り、そこで生み育てることは、破られてはならない掟だ。
カーラスティンとサルーファの国境にある山岳地帯に広がる森林が、本来の彼らのテリトリーだ。一年の大半を雪と氷で閉ざされた地は、密やかに生きるのに苦労はなかったが、より文化的な生活をするには、大変に不向きだった。一部の若者が群れから離れて新たな地を求めたのは数百年前のこと。以来、彼らは徐々に住む地域を広げ、掟を遵守することで、破綻なくその血を繋いでいる。
夏の終わりに、ようやく姿を見せた彼を、一族の長は歓待した。
それはそうだろう、長は、自分の娘を彼に娶らせ、この地に縛り付けようとしていたのだから。
娘は美しかった。子を生すのもやぶさかではないと思える程度には。しなやかな肢体を覆う薄茶色の体毛は、光の加減では金色にも見える艶を持ち、水色の瞳は生気にあふれている。さぞかし次の長に相応しい子を生み育てることだろう。既に、幾人もの求婚者を袖にしているとなれば、プライドをも満たされることは間違いなかった。
が、自由と引き換えにしてまで手に入れたいものではなかった。
一族を頂点に立ち、束ねることにも興味は無い。
それを正直に述べた。
「うちの娘の、どこが不満なんだ!」
古今東西、自慢の娘が拒否された親が口にする言葉は、世界も時代も種族をも越えて共通するものだ。
危うく、故郷喪失の事態になるところを、幼馴染みの取りなしで、どうにか避けられた。
いくら自由に生きたいといっても、孤独を望むわけではない。帰る場所が無いのは耐え難いことに違いない。
この幼馴染みを選べば良いものを。
数年前から、彼はそう思っている。
「お前なあ、もう少し、言いようとか考えた方がいいぞ?」
「他にどんな言いようがあるんだよ?」
「もったいないお話ですが、とかさー。おもねる、ってのも時には必要なもんだ」
人の中で、上手く暮らしている幼馴染みらしい言葉だった。
彼らにとって、各地から若者が集結するこの時期は、恋の季節でもある。
逞しい身体に、銅色(あかがねいろ)の毛皮を纏う彼のつがいにと望む娘たちは多く、その誘いは引きも切らない。穏やかな気性と剛胆さを併せ持ち、適齢期を迎えた者の中では、彼に敵う者もいるまいに、娘の我が儘に振り回されて、目に入れようともしないなんて、長も耄碌したものだと彼は思う。
どうやら彼は、長の娘に浅からぬ思いを抱いているらしいというのに。
うまくいかないものだと、彼は、彼らは溜め息を吐かずにいられない。
久しぶりに、幼い日のように気のおけない仲間と過ごした後、生きるべき場所に戻り、あの子はどうしただろうかと様子を見に行けば、保護されていたはずの農家には空き家になっていて、匂いはとうに薄くなっていた。
村に異国人が保護されていたという噂こそあっても、実際にその異国人の姿を見たという村人すらいない。
「なんでもね、随分と酷い目にあったらしくって、怖がって人前にでないんだって」
でっぷりと肥えた、人の良さそうな女は言う。
「でも、迎えが来たんだそうよ。それで、謝礼をもらったんですって」
「人助けはしとくものよねえ」
からからと笑う彼女らに邪気はない。
「それを元手に、店を開くんだって、村を出て行ったのよ」
「小作やってたって、知れてるしねえ」
羨ましそうに言う割には、彼女たちは幸せそうに見えた。
「そのうち来てくれなんていわれてもさあ、ムレットなんて、ここから丸一日掛かるしねえ」
「まあ、祭りの時に、村の誰かが行くかもしれないけど」
「ほらほら、ドーミクさんとこの上の娘が嫁に行ったのが、ムレットじゃなかったかい?」
「じゃあ、ドーミクさんならあの人たちのこと、知ってるかも」
「聞いてきてあげようか?」
一斉に、にこやかな笑顔を向けられて、さしものフェンも、内心ひるむ。どうして中年女性の集団は、種族に関わらず、かくも迫力に満ちているのだろう。
「あ、噂をすれば、ほら」
わらわらと、自分の周りに集まって来た顔なじみと、見慣れない青年を交互に見比べて、ドーミク夫人はいったい何事かと目を白黒させた。
「あんたんとこの、嫁に行った娘さんから聞いてないかい?」
「ほら、あの店をやるって言って村を出て行った人たちのことだよ」
「ああ、そういや同じ村の人が来たってこの間言ってたけどねえ、それくらいだよ」
「どんな店を始めたとか、繁盛してるかとかは?」
「全然言ってなかったよ。だいたい、そんなに簡単に商売なんかうまくいくもんかね」
「まったくだよねえ。どうせ、あの親父が飲んだくれて使っちまうに違いないのに」
「昔はあれでも、良い男だったんだけどねえ」
「そうそう、この兄さんには負けるけど」
何がおかしいのか、どっと笑い声が上がる。
──俺たちが変容した時の容姿は、特に人の女相手だと使えるよ。
そう幼馴染みが人の悪い笑みを浮かべて言っていたのはこういうことかと、しみじみ思いながら、フェンは丁重に礼を述べて井戸端を後にした。
彼女らの推測は、必ずしも当てずっぽうでいい加減なものではなかったのだと知るのは、それからすぐのことだった。
人の足ならば、日の出とともに村を出ても、その町につくのはいかな健脚の持ち主でも日が落ちる前には着けまい。が、フェンの足ならば、その背に多少みっともなく衣服の入った袋を背負っていたとて、半日ほどでしか掛からない。
まだ日も落ちたばかりで、さほど暗くもない町を歩きながら、あの子に迎えが来たという話がほんとうなら良いと思う。が、それがおそらく作り話だということは、頭の何処かで分かっていた。
なぜなら、あの子の持つ匂いは、とうていこの世のものではなかったのだから。
記憶にある匂いを辿り、その家の扉を叩いた。
造りはあの村のものよりは立派であるにも関わらず、荒んだ雰囲気に満ちていた。
「誰? あの人なら狐と葡萄亭あたりで飲んだくれてるわ。それとも息子たちがまた何かやらかしたの?」
挨拶もなく、まくしたてるように言った女は、確かに、あの泉であの子の手を取り、連れて行った女に違いなかったが、まるで面変わりしていた。ふっくらとしていた頬は削げ、目の下には黒々とした隈が染み付いている。やわらかで優しげだった雰囲気は、ぎすぎすと険のあるものに成り変わってしまっていて、最初からこんな女だったら、フェンとて連れて行かせはしなかった。
「あの子は?」
端的な問いに、女の顔が見る間に青ざめる。
「何のことだい?」
「お前が、あの泉から連れて行った子のことだ」
「……迎えが来て連れて行ったよ」
敏い者でなくとも、嘘だと分かるほどに、声が震えていた。
「あれは?」
女の肩越しに見えるのは、テーブルの上に無造作におかれた革袋と、その口から零れる銀貨だ。
「謝礼だよっ」
「誰が連れて行った?」
女はついっと顔を逸らした。
「誰が、どこへ連れて行ったか聞いているんだが」
首を締め上げたわけでもなければ、脅しつけたつもりもない。けれども、フェンの声と視線はそれ以上の効果を持っていた。ひっ、と息を飲むと、決死の形相でフェンを睨み返した。
受け取った金に対して誠実であることは、もはや彼女に残された最後の自尊心だった。
「もう帰っとくれ!」
ばたん、と無造作にドアは閉められた。
彼女とて、いくら田舎育ちでも、アトールの名は知っていたが、まさかそこへ売られるほどの上玉であったなどと思ってもいない。珍しい黒髪だから良い値がついたとしか思っていないのだ。噂で語られるアトールは、それこそ夢物語の存在であり、現実のものという感覚で語られることもない。だいたいトラトスが幾ら有名とは言っても、その名を知っているのはその道の者に限られている。
そんなことは、彼女にとってはどうでもいいことだったし、この先も知ることはないだろう。
厄介者が大金に化けてくれたところで、幸運が終わってしまったことを嘆いていた。
人を人に売るような者に堕ちたことを悔いていた。
こんなことなら、最初から助けようなんて思わなければ良かったと、かつては慈悲深かったはずの女は、涙を流した。
2008.08.14
Copyright (c) Sorazoko All Rights Reserved.