二つの月の話

金の姫と銀の姫の物語


──とある学生のメモ
 未だ夕暮れ時の赤さを残した空には寄り添う二つの月が輝いていた。数年に一度の、蝕の日にしか見られない風景だ。太古の昔から双子の女神になぞらえて、柔らかな金色の光を放つ月はクレイア、穏やかな白銀色に輝く月はパエンナと呼ばれている。
 その二人の女神にまつわる神話や伝承は様々だが、その最も広く伝わっているものに、こんな話がある。
 幽冥と天光を父母とし、世界の守り手として生まれた彼女達は、穏やかで優しい、慰めと癒しの光を地上に惜しみなく注いでいた。彼女達は夜の世界の住人だった。直に見つめることの出来ない強い光を情け容赦無く放つ太陽が海の彼方で眠る間、人々が闇に怯えることがないように、旅人が道に迷うことがないように、優しく見守った。けれどいつからか、姉のクレイアは夕間暮れのわずかな時間に垣間見る太陽の神トーレに恋い焦がれるようになり、妹のパエンナを置いて昼の世界へいってしまった。生まれたときから一度たりとも離れたことの無い、仲の良い姉妹はそうして離ればなれになってしまった。
 トーレは全てを捨てて自分の元へ来たクレイアをとても大切にしたけれど、それでも妹のことを思い出してはさみしくなるのだろう、時折太陽の許を離れて夜の世界を訪ねたが、太陽の光を受けて金色の光を持つようになったクレイアはその扉をくぐることを許されなかった。
 生まれながらの使命を捨てたクレイアの、妹に一目会いたいという願いを神の王が叶えようはずもなかった。けれど、妹のパエンナがクレイアに会いたいと願ったために、何年かに一度、昼間の世界で一日だけ会うことが許された。それが蝕の日である……。しかし、太古の昔、二つの月が共に夜の空にだけ輝いていたのかどうか、残された文献や伝承からはわからない。ただ、滅多に起こることの無い蝕の日を説明しようと創られただけのものなのかもしれない。
 その真偽はともかくとして、かつてその月に例えられた双子の王女がとある国にいたことは確かである。ウェルディネヴァがクオント、フォーラス、マゼリアの三国で成り立っていた時代、クオントの王弟にカーリンとリュオウという王女がいた事は公式な記録に残っている。クオント王には王子が一人あったが、王が病床に付いていた間に、落馬での怪我が元で若くして亡くなり、カーリンが女王として第二十七代目の女王として即位した。その後、程なくしてカーリンは王位を簒奪しようとしたリュオウを幽閉しようとした。しかし追っ手を逃れて国外に脱出したリュオウは隣国マゼリアに逃げ込んだ。カーリンはリュオウを受け入れたマゼリアに対して抗議した後、兵を挙げている。これは以前から二国間で問題の種だった地域の領土をクオントに譲渡することを、マゼリア側が和平の条件として提示し、クオントもそれを了承したため、ウェルディネヴァを揺るがすだろうと思われた、大規模な戦争に発展することなく収拾がつけられた。果たしてマゼリア側にどんな思惑があったのか、歴史研究家の間では歴史上最大の謎といわれているが、王であることが即ち巫子であるという国を理解するには常識という先入観を捨てなくてはならないからなのであろう。

(了)
2008.05.05


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