星月夜の森へ/番外編

── Redundancy

午後の時間

 昨年は、夏を過ぎる頃から農作物を枯らす病気や、たちの悪い風邪が流行ったりしたものの、秋を迎える頃には収束を見せ、今年は豊作の兆しが見えて、ようやく国全体が落ち着きを取り戻していた。
 とはいえ。
 ラエルと、父である王との溝は深いままだ。
 陽菜子を連れて帰還して以降、ラエルと聖宮騎士団はすっかり英雄扱いとなったせいもあるかもしれない。もっとも、単に顕在化しただけのことで、もともと理解し合った親子関係であったわけでもなく、そんなものだろうという諦念はとうに刷り込まれていた。ただ、あれほど執着していた【金の小鳥】に見向きもしなくなり、政務も宰相に任せきりになっていて、あまり早いうちに王位を押し付けられるのはご免被りたいとラエルはそれが気がかりだった。
 ついでに。
 思い返すと、眉間に皺が寄る。
 どうして、あの忌々しい小鳥は懐かないのか。
 ああいえば、こういう。
 歩み寄ろうとしたところで、顔を会わせて言葉を交わせば、いつの間にか口喧嘩になっている。何も年下の小娘の言うことに、ムキになることは無いのだが、ついやり込めたくなってしまう。それが行き過ぎて泣かせる辺りは、もう、子供のケンカだ。
 それでも、まあ、感情を掻き回してくれる存在があるのは、案外にいいものだということは、素直に認める気にはなっていた。
 そのうち、和平条約の締結も兼ねてのため、陽菜子をつれてグリヴィオラを改めて再訪するつもりだ。その時に、保養地として名高いメリアーダに立ち寄って、しばらく休暇を取るのも悪くない。
 三国で和平条約を結ぶという話が持ち上がったのは、グリヴィオラ王が、ルウェルト皇族の姫を娶ろうという話がきっかけだった。
 あの間抜けた戦いのおよそ一年後、ルウェルトの第三皇子マナークの病死が発表された。おそらくは暗殺もしくは自害であったろうと囁かれているが、ラエルはそもそも、第三皇子などいなかったのでないかと疑っていた。それは、前皇王の遺言でずっと表に出ることが無かったと言う姫が、余りにもタイミング良く現れたせいだ。その姫とグリヴィオラ王イェグランが婚姻を結ぶのだという。黒髪の愛妾には、それで愛想を尽かされて逃げられたらしいという噂もあって、いかにも市井に馴染んだ王らしいとラエルは思う。
 めでたいことは続くもので、収穫祭が終わったら、近従のネイアスが正式に婚約をすることになっている。彼自身、以前からいろいろと画策を巡らせていたものの、生来のとぼけた性格が災いして、口説いている相手からは本気にされず、家族には、相応の家柄の娘としか婚姻は許さないと言われる有様で、それが、この度どうやら丸め込みに成功したらしい。【金の小鳥】に、戦いの最中でさえも健気に付き添い支えたということで、何の後ろ盾も身分も無い侍女を、宰相補佐が養女に迎えた。これで、家柄云々の横槍は封じることができた。そして肝心な嫁の方は、一番弱っているところに駆けつけて来たネイアスに絆された、というのがおそらくは正しい。たいそう賑やかな夫婦になるだろうなと、ラエルは想像して、くすりと笑った。
 宰相補佐の姪にあたる【地の星見】ティレンは、聖宮から身を退いた。そのままフレイの嫁にでも行くかと思われたが、何を思ったのだか、王立学問所の教師などに納まっている。
 彼女がこだわっていた黒髪の人間の噂は、ぱたりと途切れた。フレイのかつての部下の元で保護されていたというが、逃げ出してそれきりなのだという。
 ああ、そういえば、フレイがその元部下の結婚式に出る為に休暇を申請していたな、とラエルはその書類を、傍らに積まれた紙の束から引っ張り出した。
 正確には、その部下の腹心の結婚式か。
 まじまじと眺めながら、ふわりとあくびをする。
 たまには良いだろう、こんな午後も。
(了)
2009.11.03(web clap掲載物再録)


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